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裁判員制度と報道のあり方に関する見解
2009年5月19日
日本新聞労働組合連合
新聞研究部
 市民が刑事裁判に参加する裁判員制度が5月21日から施行される。制度開始にあたり、新聞・通信各社は、公正な裁判と報道の自由との調和を図るとして、事件報道の見出しや記事の表現を見直す取り組みを始めている。しかし、問われているのは、両者の調和ではない。私たち新聞人に本来課された使命は、捜査当局に過度に依拠することなく、「推定無罪の原則」を踏まえた犯罪報道をいかに実現するかである。私たちがこれまで訴えてきたように、ジャーナリズムの質を高めるために絶えず報道のあり方を検証し続けていくことが大切だとあらためて確認する。
 私たちは1997年春に「新聞人の良心宣言」を公表。新聞人が権力・圧力から独立し、常に市民の側に立つことを確認した上で、犯罪報道について「新聞人は被害者・被疑者の人権に配慮し、捜査当局の情報に過度に依拠しない。何をどのように報道するか、被害者・被疑者を顕名とするか匿名とするかについては常に良識と責任を持って判断し、報道による人権侵害を引き起こさないよう努める」とした。「被疑者に関する報道は『推定無罪の原則』を踏まえ、慎重を期す。被疑者側の声にも耳を傾ける」と対等報道にも言及している。宣言公表から12年が経過したが、この精神は裁判員制度開始後も何ら変わるものではない。
 危惧するのは、今回の各社の報道見直しの背景に公権力の「圧力」が存在したことである。2004年5月に成立した裁判員法の制定過程で「事件報道に当たり、裁判員らに偏見を生ぜしめないよう配慮しなければならない」とのメディア規制の条項が検討されたが、日本新聞協会などが自主的な取り組みに委ねるよう求め、与党が法規制を当面見送った経緯がある。08年1月、新聞協会が公表した「裁判員制度開始にあたっての取材・報道指針」を受けて各社が事件報道のガイドラインを定めるなどして見出しや記事表現の見直しを始めた。新聞協会は自主性を強調するが、こうした取り組みは外部からの「圧力」で生まれたと言わざるを得ない。
 そもそも裁判員制度は、市民の健全な常識を司法に反映させるとして生まれた。裁判官には「報道による予断・偏見」が問題にならなかったのに、裁判員に対しては問題視されることは、市民の常識に対する権力側の不信の表れと言え、制度の趣旨と根本的に矛盾するものである。メディア規制の口実を探したい当局の意図も透けて見える。裁判員法は「施行3年後、必要があれば見直す」と規定しているが、表現の自由、報道の自由を守り、市民の知る権利にこたえていくためにも、メディア規制は許されない。
「外圧」が出発点だったとは言え、各社のガイドラインの柱に「情報源の明示」が盛り込まれたことは評価に値すると考える。情報源の明示は記事の信頼を高め、情報提供者による情報操作を防ぐためにも有効である。良心宣言では、政治家など公人のオフレコ発言について市民の知る権利が損なわれると判断される場合は認めないとしている。政府高官らに対する安易なオフレコ取材に市民の不信の目が向けられることを考えても、情報源の明示は、事件・裁判以外の分野でも問われなければならない。
 私たちはこれまで警察・検察の捜査情報に過度に依拠することで、冤罪被害に加担してきたことにも目を向けなければならない。被疑者・被告人の主張に耳を傾けることはもとより、捜査権が適正に行使されているのか今まで以上に監視していく必要がある。勿論、犯罪被害者・遺族感情に配慮することは大前提であり、集団的過熱取材(メディアスクラム)などを起こさないよう細心の注意が必要だ。一方で、被害者や遺族らの激しい処罰感情などの取り上げ方も十分考慮する必要がある。裁判員制度では、裁判員となる市民の負担を軽減するため迅速性や分かりやすさを重視するあまり、強引な訴訟指揮が行われる可能性も排除できない。拙速な審理などにより、被告人の防御権が侵害されていないか、絶えず注視していく必要もあるだろう。
 裁判員法は、裁判員になった人への接触を制限している。裁判員が評議の秘密や職務上の秘密を漏らした時は懲役を含む刑罰を科し、裁判員に過重な心理的負担を生涯負わせる。このためメディアが裁判員に体験や感想を聞くことができず、体験を広く社会に伝え共有することを不可能にしてしまう。結局、市民の健全な常識を反映させるという制度本来のあり方が実現されているのかどうか検証できなくなる。裁判の事後検証も私たちにとって責務の一つであり、米国の陪審制のように判決言い渡し後は裁判員による発言を自由とするべきである。守秘義務や接触禁止を抜本的に見直すための法律改正が必要だと考える。
 私たち新聞人にとって、被疑者・被告人の人権に配慮したあるべき報道の姿を追い求めていくことは当然である。市民の知る権利に応えるために、果敢に真実を切り開いていくジャーナリスト精神は、裁判員制度下においても普遍であり、揺らいではならない。
以 上