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梓澤和幸弁護士講演

「なぜ表現の自由を目の敵にするのか? 〜自民党改憲草案の秘密〜」

       新聞労連定期大会  2013年7月24日:川崎市産業振興会館

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 2013年7月24日の新聞労連定期大会で、「報道・表現の危機を考える弁護士の会」などの活動をしてきた梓澤和幸弁護士(東京千代田法律事務所)が「なぜ表現の自由を目の敵にするのか? 〜自民党改憲草案の秘密〜」と題して講演した。その全文を紹介する(一部加筆)。

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●改憲は参院選で小康状態

 2013年7月21日の参議院選挙で、自民党に改憲に必要な議席を取られるのではないかと危機感を抱いていた3月段階からすれば、「勝利した」とは言わないが、全国紙、ブロック紙、県紙の論調、TBSをはじめとするテレビの論調などの報道効果が出て、小康状態を得たと思っています。
 これからどうなるか。一つの観測は、衆参同時選挙を3年後にやる。その直前に改憲発議をして国民投票も一緒にやるという見方。もう一つは、今の勢いのあるうちになるべく早くやるという見方。この2つのバリエーションでいろいろあり得るのが現状だと思っています。
 改憲反対派として考えるに、いま国民投票をやっても過半数は取れないでしょう。議論は量より質です。「絶対にこれは正義に反する」という知識と知恵と度胸に基づいた確信が世の中に形成されないといけません。
 質を高める学習テキストに、自民党改憲草案があり、これが体系的に語る国家構想があります。質は、この改憲草案を徹底的に読みぬいて高めていくべきだと思います。

2分の1は憲法への死刑宣告

 改憲発議が総議員の3分の22分の1か、という問題について、一番深いのは、奥平康弘さん(東京大学名誉教授)の「2分の1は憲法への死刑宣告である」という論。
 安倍晋三氏は、総議員の2分の1を取って内閣総理大臣に指名される。同時に自衛隊の総指揮官になる。警察、税務署、最高裁の人事を一手に握る。自然人の自然的能力を超える物凄い権力を握る。単なる学級委員長とは違います。その2分の1を持った者が自分を暴走させないようにしなければならない。憲法学者がいう立憲主義をひらがな言葉に直して言うと、公権力の暴走停止システムというブレーキが必要ということ。権力は腐敗し暴走する宿命にある。これに立ち入るのが憲法であり、立憲主義であり、3分の2である。
 日本国憲法のたとえば34条。これは非常に大事。何人も正当な理由がなく、もしくは理由を直ちに告げられることなく、または直ちに弁護人に依頼する権利を与えられることなく抑留され、または拘禁されない―。これを弁護人依頼権と呼びます。
 31条「何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない」―。
 権力の手を手錠のように縛っているのが3分の2です。この3分の2を2分の1にしたら、自分の都合のいいように憲法を変えることができてしまう。憲法が憲法でなくなる。憲法の死刑です。
 では、いったいどう変えるのかが次の課題。

●「公の秩序」に反する表現の自由を制約

21条は表現の自由。「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する」―。自民党改憲草案の21条の2は、「前項の規定にかかわらず、公益及び公の秩序を害することを目的とした活動を行い、並びにそれを目的として結社をすることは、認められない」―。
 改憲草案では、公益および公の秩序に反する表現の自由は制約する、とはっきり書かれています。公共の福祉という言葉に代わって、公益および公の秩序という言葉が出てきました。
 人権と人権がぶつかり合ったところで調整する落としどころであり、人権の最高のものであって、上から「それはダメだ」と言えないものが公共の福祉。なのに、「公益および公の秩序」という言葉を持ち出すと、こういうことが起こります。
 中央線の吉祥寺駅前で狭山事件のビラをまいていた人が鉄道営業法違反で捕まった。駅長の許可なく構内で物品を販売もしくは配布したものは科料または罰金に処する、というわけです。刑事罰だから、その人は令状なしで現行犯逮捕された。
 しかしながら、その場所が表現の場所に使われているなら、表現の自由が優先します。これをパブリックフォーラムと呼びます。鉄道営業法の適用される場所であっても、パブリックフォーラムの理論で表現の自由が守られてきたから、ビラもまくこもと可能とされてきた。
 ところで、表現の自由(憲法第21条)には、意見、情報の発信の自由だけでなく、知る権利と情報流通の自由も含むということが定説になっています。
 SPEEDIの例を取り上げます。これは放射能の拡散予測情報システムです。このシステムに基づいて、20113月中・下旬に文部科学省はスタッフを派遣して、福島第一原発30キロ圏内で放射能空間線量を計っています。浪江町赤宇木では、330マイクロシーベルト/時という値も出ました。しかし、文部科学省はそれを知っていながら、その場所に居住したり、わざわざ他の地域から避難してきた人たちに対してこの危険性を知らせることをせず、ただホームページに載せただけです。なぜそうしたのか。正式な答えはありませんが、合理的に推測するに、もしこれを知らせれば現場でパニックが起こる。それを防止するために情報開示を止めたと説明するのでありましょう。情報流通の自由、知る権利は、表現の自由の保障を受けるわけですが、このパニック防止のため、真実を隠蔽するとの考え方は、改憲草案21条の2の(仮に真実であっても)その情報が流布されて、パニックを起こすと判断すれば、それを公益、公の秩序に反するとして、情報伝達、情報へのアクセスを禁止するとの考え方です。今後、各地の原発で過酷事故が起こった場合や、福島第一の事故を原因とする放射能拡散が深刻になったり、汚染水の海への放水が深刻になっても、これを公的情報として流布することを認めない、との発想につながります。秘密保全法が秋の臨時国会に上程されると伝えられています。このような住民の命と安全にかかわる情報であっても、特別秘密として、指定される蓋然性は高く、人々のために情報に接近しようとするジャーナリストに対して10年以下の懲役が科される危険もあります。取材それ自体も処罰する条文も用意されているので、もっと注意を向けていただきたい。

 改憲草案64条の二を見ていただきたい。

 「国は、政党が議会制民主主義に不可欠の存在であることに鑑み、その活動の公正の確保及びその健全な発展に努めなければならない」―。

2があって、「政党の政治活動の自由は、保障する」―。

3が問題。「前二項に定めるもののほか、政党に関する事項は、法律で定める」―。

これは、政党法を準備していることを意味します。ドイツ基本法18条には、民主主義秩序を破壊することを目的とした政党は、表現の自由および結社の自由の恩恵に浴されないという明文規定があります。
 これは諸刃の剣で、現代資本主義秩序を変革して、社会主義、共産主義あるいは環境秩序で厳罰秩序を規定することで、環境を有利に導くという秩序に対する規定にもなり得るわけです。だから私は、配布した資料集に、旧治安維持法を入れたのです。

「国体ヲ変革シ又ハ私有財産制度ヲ否認スルコトヲ目的トシテ結社ヲ組織シ又ハ情ヲ知リテ之ニ加入シタル者ハ十年以下ノ懲役又ハ禁錮ニ処ス」―。

こういうことが自民党改憲草案では憲法上可能になっている、という危機感を持つ必要があります。

●メディアの議論は不十分

 改憲草案の9条の二。変更点は、交戦権の否認と戦力不保持という現行憲法の9条の2に集中しているが、私が危機感を抱いているのは、国防軍の国内体制、国防軍が用意する国内法秩序に対する言及が、今のマスメディアで足りていないということです。
 改憲草案第9条の二の5に、こういう規定があります。

「国防軍に属する軍人その他の公務員がその職務の実施に伴う罪又は国防軍の機密に関する罪を犯した場合の裁判を行うため、法律の定めるところにより、国防軍に審判所を置く。この場合においては、被告人が裁判所へ上訴する権利は、保障されなければならない」―。

421日放送のテレビ「週刊BSTBS」で、杉尾秀哉キャスターが「国防軍の審判所って何ですか? 非公開ですか?」と聞くと、出演していた石破茂自民党幹事長は「ああ、非公開だ」と。
 「なんで自衛隊ではいけないのですか?」との問いには、軍というのは国の独立と自由と民主主義を守るんだから、上官の命令に従わず、発砲せず、投降し、脱走した者に対しては、その国の最高刑である死刑、無期または懲役300年の検討が必要との趣旨の発言をしたのです。

『「これは国家の独立を守るためだ。出動せよ」と言われたときに、いや行くと死ぬかもしれないし、行きたくないなと思う人がいないという保証はどこにもない。だから(国防軍になったときに)それに従えと。それに従わなければ、その国の最高刑に死刑がある国なら死刑。無期懲役なら無期懲役。懲役三百年なら三百年。そんな目に遭うぐらいなら出動命令に従おうっていう。』こうした重罰を科すために(国防)審判所は必要で、石破氏は公開の法廷ではないと付け加えた。(東京新聞二〇一三年七月一六日)

 私は単に死刑に処することへの恐ろしさだけでなく、この不正義に非常に憤りを覚えている。自分は土手の上に立ってラッパを吹いているだけで、撃たれるかもしれないという危険な目に遭わない。川柳がある。

 <政治家よ 孫も子供も 行きますか>

行かないでしょう。なんで国民やメディアはもっと怒らないんだ? 東京新聞が、石破発言から実に3カ月、やっと716日に書いている。
 改憲草案の18条「何人も、その意に反すると否とにかかわらず、社会的又は経済的関係において身体を拘束されない」―。これは意味がよくわかりません。だけど18条の2。「何人も、犯罪による処罰の場合を除いては、その意に反する苦役に服させられない」―。
 今の憲法の「何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない。又、犯罪に因る処罰の場合を除いては、その意に反する苦役に服させられない」と比較すると、人権を、公益及び公の秩序より別位に置いているのが、改憲草案の第12条(国民の責務)で分かります。
 12条「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力により、保持されなければならない。国民は、これを濫用してはならず、自由及び権利には責任及び義務が伴うことを自覚し、常に公益及び公の秩序に反してはならない」―。
 13条にも、「国民の権利については、公益の秩序及び公の秩序に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大限に尊重されなければならない」と、同じことが書いてある。

●「徴兵制」も解釈で可能

現行憲法の18条は、意に反する苦役に従事しない権利を認めている。この条文と9条の交戦権の否認と組み合わせて、徴兵制はできないとするのが通説です。
 しかし、自民党改憲草案が施行されれば、交戦権の否認がなくなり、命令違反には死刑執行の思想があるわけだから、公益および公の秩序を維持していくためには18条の権利を制約できるから、徴兵制が憲法上可能となります。
 徴兵制って、どこの新聞にも1行も出てこなかった。 私は危機感をあおりたてているのではなく、論理的に憲法学的に徹底的に研究した上で言っているのです。仮に政策上、今は徴兵制を採用しないとしても、志願制では兵力を調達できないとなれば、自民党改憲草案が仮に施行公布された後には、憲法改正しなくとも法律で徴兵制を採用することが可能になることを強調したいのです。徴兵制のリアリティをよく研究して書いている文学があります。浅田次郎氏の「終わらざる夏」上、中、下(集英社)があります。作者に直接伺いましたが、相当勉強して書き込んだ小説のようです。兵員が不足したときに、年長であったり、手足に障害があったり、専門的な技能を持っている人でも、根こそぎ、残酷に権力で強制的に動員した実態が書かれています。おすすめの一冊です。

 9条の二の3、国防軍について。

「国防軍は、第一項に規定する任務を遂行するための活動のほか、法律の定めるところにより、国際社会の平和と安全を確保するために国際的に協調して行われる活動及び公の秩序を維持し、又は国民の生命若しくは自由を守るための活動を行うことができる」―。

「公の秩序を維持し」と出ているが、これは治安行動のことです。治安行動命令に従わなかった場合の処罰が、表現の自由より優位に立つということです。
 石破さんは、2013年4月下旬の熊本における演説で「新憲法には軍と書き込まなければならない」と表明しました。これは、軍を維持するという価値が前憲法下での自衛隊法とは違う重みをもって、表現の自由、苦役に従事しない権利(徴兵制に抵抗する権利)など、すべての人権に襲いかかってくる、という憲法的な意味を持っている話として理解する必要があります。

 ●拷問の絶対禁止から「絶対」を取った

 自民党改憲草案第36条は、「公務員による拷問及び残酷な刑罰は、禁止する。」とし、「絶対に禁止する。」という現行憲法から「絶対に」という文言を削除しました。すなわち、同草案第36条よると、「禁止する。」となっています。
 現行憲法では、小林多喜二など戦前のあまりにもひどい拷問の歴史に鑑みて「絶対禁止」としています。改憲草案では「絶対に」が落ちている。「絶対に」を省いても禁止しているからいいじゃないかと受け取る動きもあります。しかし、「絶対に」の文言がある現行憲法の言葉の強さに注目しなければなりません。現に冤罪事件では、拷問されたと訴え、自白の任意性が問題とされ、確定判決さえ覆された再審事件があります。死刑囚が生還した再審死刑事件でも、また最近の氷見事件でも、厳しい取調べのため自白をしてしまったという当事者の訴えが強く耳に残っています。また、アメリカが「テロリスト」を収容していると称するグァンタナモ米軍基地における拘束を体験した人が、収容中に厳しい拷問を受けたこともつい最近の出来事です。
 自民党改憲草案の起草委員たちは、多くの拷問の歴史があることを知りながら、なぜ「絶対に」を外したのか?戦前と今は、決して断絶していません。

 ●ジャーナリストは人民の斥候兵

これから公権力が一番隠したいのは、事故の原因や周囲への線量の影響など原発の情報です。これは秘密保全法の「特別秘密」に指定される蓋然性が高いと考えます。“福島が危険”ということが知れ渡れば、停止しているほかの原発は再稼働できませんからね。これは皆さんの職業生命の問題というだけでなく、その先にある人々の子供、孫たちの人生に関わる重大問題です。
 ジャーナリストは人民の斥候兵です。危険があることを知った時、身を挺してその危険を伝えていく役目を負う。社会的、職業的使命として、ジャーナリストにはこの役目があります(原発の真実を伝えるため、末期がんの痛みや苦しみを乗り越え、死の直前まで東電記者会見に通って闘い続けた日隅一雄弁護士の遺作「国民が本当の主権者になるための5つの方法」(現代書館)の最後に、自分の身をかけて集団を守る優しい気持ちをもったゴリラの児童絵本を載せていますが、これまたおすすめの本です)。皆さんの報道の自由や表現の自由が標的にされる理由がここにあります。
 ポツダム宣言では、@軍国主義の絶滅と民主主義の保障およびA日本の武装力の解除です。自由と平和が対になって、国連憲章と世界人権宣言、国際人権規約に謳われ、この国際合意の中で日本国憲法もまた人権の保障と戦力不保持、交戦権の否認の2つの柱を謳っています。
 7000万人の命の犠牲が第1次と第2次世界大戦でうみ出されました。これに対し、国際社会は、日本の軍国主義、ドイツのナチズム、イタリアのファシズムを絶滅することによって初めて、この2つの世界大戦による悲劇を繰り返さない保障ができるとして、国連憲章、世界人権宣言がうまれたのです。自民党改憲草案はこの国際的合意に日本だけが挑戦して突き進もうとしているものです。
 皆さんの職業的使命は、もはや明らかであろうと思います。メディア経営陣は、多数の意向に添おうとする体質を持ちがちです。原発や改憲の報道が弱いと市民の批判を受けてきたのも、編集や取材の現場の責任もありますが、より一層経営陣の経営のあり方に目が向けられるべきです。取材の報道に抑圧があるときは、そして真実を伝えようとする記者が解雇、配転など、不当な不利益を被るときは、これを支えることによってメディア全体の真実を伝えることができます。これは、経営陣にはなすことのできない労働者、労働組合の全体の力です。現場の労働者が支え合いながら、メディア経営者の弱点を乗り越え真実を伝える。これがこの時期のメディア労働組合の役割です。新聞労連の健闘を期待したい。

●絶望の山から希望の石を

 最後にメッセージをひとつ皆さんに送りたい。仲間の虐殺や自らもひどい攻撃を受け、のちに暗殺されたアメリカのマーティン・ルーサー・キング牧師が、黒人差別に反対し、公民権実現を要求する1963年のワシントン大行進の席上で8分間の演説を行いました。タイトルも有名な「私には夢がある(I have a dream」です。
 私たちがいま抱いていたい気持ちに触れた部分を読みます。
 「私には夢がある。人種差別者が知事となっているアラバマ州は、いつの日か黒人の少年や白人の少女が手に手を取って兄弟姉妹となり、一緒に歩くような状況に変貌するのです。私には夢がある。いつの日かあらゆる谷間は高く上げられ、あらゆる山や丘は低くならされ、起伏のある土地は平原になり、曲がった場所はまっすぐになり、神の栄光が示され、皆が一緒にその栄光を見るだろう。これが我々の希望です。この信念で私は南部へ戻って行きます。我々は絶望の山に分け入り、希望の石を切り出すのです」(「アメリカの黒人演説集」(岩波文庫)より)
 福島から日々聞こえてくる「原発さえなければ」という絶望の声が蓄積する山。ここから希望の石を切り出す。これこそ、いま私たちに立ち向かっていく勇気を与えてくれる言葉だと信じます。ご静聴ありがとうございました。